2008年02月11日

踊りと言語造形の世界

「藪の中」チラシ、できました!

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今回は無償でチラシ作成を担ってくださる方が現われて、感謝感謝です!
またチラシだけでなく、音響や、衣装作りをしてくださる方にも次々と出会えて。
どれも私たちだけではできないことばかり。
ほんとうに、すべてが天から降りてきたような恵みです。
神さま、皆さま、ありがとうございます!!
(せっかくなのでこの素敵なチラシを配っていただける方も募集中です〜♪)

そしてあとは、役者ががんばるのみですねー!新たに気持ちを引き締めなくちゃ!


さて今日は、先日ご紹介した『日本の舞踊』から、
実際に私のこころをときめかした部分を少し掲載してみます。

これが私の目指すところ。
私はこの世界を、「踊り」でなく、「ことば」の世界で生み出したい。


  「虫の音」は、ドラマも物語りもない。
  ただ庭に鳴く虫の音を聞きながら、男を想う女の姿を描いた小品である。
  いわばスケッチにすぎない。
  私の内部におこった変化は、それだからこそおこったといえる。

  「虫の音」を見ていた私に、不意に、
  井上八千代の、あの人形じみた、ぶっきら棒な「直線的な動き」の身体が、
  世にも美しいものに見えたのである。
  それまで美しいと思ったことがない、あの身体がである。

  目の前の、目がとらえている身体の線、輪郭というものがひろがって、
  その線の輪郭の向こうに、どこまでも無限につづく、奥深い、
  さまざまな輪郭の重なりが見えた。

  その時、井上八千代の身体は、そこにある物質的なものではなくて、
  幾重にも動きの可能性を秘めて、遠くひろがる幻想的なものであった。
  それが実に美しかった。

  虫を聞きながら立つ女の姿、後姿。
  別に美しくもなんともないその姿の、
  身体から光彩のように秘められた美しさが見える。
  その美しさに、私はひきこまれてしまった。

  これにくらべれば、目に見える美しさ、そこにあるフォルムの美しさなぞ、
  なんと表面的で、浅薄なものか。
  そこで私は単に美しい形というような視点から離れていった。
  なぜならば、この井上八千代の美しさは、
  味わっても味わいきれぬ深さ、無限のひろがりをもつものだったからである。

  ・・・

  あの一つ一つの、制約され、きりつめられた動きには、
  おそろしい瞬発力とそれを支えるものがかくされていたのだ。

  静止した姿に、動きがあり、その動きが造形力になっていたのだ。
  フォルムが美しいかどうかが問題ではない。
  リアルな描写であるか、あるいはドラマティックなものであるかも問題ではない。
  問題なのは、この力である。
  この力こそ、現にそこにある、目に見える身体の向こうに数多くの身体の動きを
  想像させ、身体を二重三重のものとしていた。
  その力が、歌舞伎座の広い空間を切りさいたのである。

  ・・・

  「虫の音」といい、「山姥」といい、井上八千代の舞台では、
  目に見えないものが、いかにつよい力をもっているかを知る事件であった。


              渡辺保著 『日本の舞踊』 「お腹どす―井上八千代」より


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かっこいいな〜〜
くじけそうになったときも、これを見てまた力をいただくことにしようっと!

posted by 千晴 at 17:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 響いた言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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