2006年10月25日

自分の外とは

日々生きていて、様々な人や出来事に出会います。
特に人との出会いについて、私は最近あることを感じたり予感していました。

それは、自分が出会った人のことを思うとき、
よい面をイメージしたり、尊敬や信頼、讃えたりしていると、
その人は会うたびにどんどん、そのような人になってゆく。

逆に、出会ったときの経験や印象から、
悪い面をイメージしたり、非難や批判、嫌な風に思ってしまった場合も、
相手もしくは自分とその人の関係は、どんどんそのようになってしまう。。

・・・どうでしょうか?
不思議だけどこんな経験、他にもある人いないかしら?

そんなことをただ漠然と、なんとなく感じ、考えていたら、
自分の元に、こんなメッセージが届きました。
是非またここでもシェアさせてくださいね。


「世界一風変わりなセラピスト」  by Dr. Joe Vitale

二年前に、ハワイに住む一人のセラピストの話を聞いた。
その人は触法精神障害者(訳注:刑法罰に問われたものの、精神障害を理由に不起訴、
減刑、あるいは無罪となった人のこと)の病棟に収容されていた人たち全員を、
誰一人診察することなく癒したそうだ。
その心理学者は患者のカルテを読み、
自分がどのようにしてその人の病気を創りだしたのかを理解するために、
自分の内側を見たのだそうだ。
彼が自分自身を改善するにつれて、患者も改善したという。


最初にこの話を聞いたとき、都市伝説だと思った。
自分自身を癒すことによって他の誰かを癒すなんてことがどうやってできるだろう?
最高の自己改善の達人であったとしても、
どうやって触法精神障害者を癒すことができるだろう?


私には理解できなかった。
論理的な話ではなかったので私は受け入れなかった。


しかし、一年後に同じ話をまた聞くことになった。
セラピストはホ・オポノポノというハワイの癒しのプロセスを使ったのだという。
初めて聞くものだったが、忘れることができなかった。
もしその話が本当なら、私はもっと知らなければならなかった。


私は「完全な責任」とは、
私の言動に対する責任は私にあるという意味だと前々から理解していた。
その向こうのことは、自分の管理を離れていると。
ほとんどの人たちは完全な責任というものをそのように考えているのではないかと思う。
私たちは自分の行いに対して責任があるのであって、他の人の行いに対してではない。
精神病の人々を癒したハワイのセラピストは、
私に完全な責任についての進化した新しい観点を教えてくれることになった。


彼の名はイハレアカラ ヒュー レン 博士。
私たちは最初の電話でたぶん一時間は話しただろう。
彼にセラピストとしての仕事の全貌を語ってくれるようお願いした。
彼はハワイ州立病院で4年間働いたことを話してくれた。
触法精神障害者を収容していた病棟は危険なところで、
心理学者は月単位でやめていき、職員はよく病欠の電話をかけてきて、
やめていく人もいたそうだ。
人々がその病棟内を歩くときには、患者に攻撃されないように壁に背中をくっつけて通ったらしい。
それは生活するにも働くにも訪ねるにも心地よい場所ではなかった。


レン博士は一度も患者を診なかったのだそうだ。
彼は診療室を持って患者らのファイルに目を通すことには合意した。
それらのファイルを見ながら、彼は自分自身に働きかけた。
彼が自分自身に働きかけるにつれて、
患者に癒しが起きはじめた。

「2、3月後には、以前は手足を縛られていた患者たちが、
自由に歩くことを許可されていました」
と彼は言った。
「多量の投薬が必要だった人たちは、投薬をやめつつありました。
そして退院の見込みのなかった人たちが退院していったのです。」


私は畏敬の念に打たれた。


「それだけではありません」彼は続けた。
「職員が仕事に来ることを楽しみ始めたのです。
常習的欠勤や退職は消え去りました。
患者は退院していくし、職員全員が仕事に来るようになったので、
最後には必要以上の人数の職員が残りました。
現在、その病棟は閉鎖されています。」


ここで私は問わなければ気がすまなかった。
「それらの人々に変化をもたらすような何を、
あなたは自分自身の中で行っていたのですか?」


「私は彼らを創りだした自分の中の部分(パート)を癒していただけです」
と彼は言いました。


私には分からなかった。


レン博士は説明した。
あなたの人生への完全な責任とは、
あなたの人生の中の全てが――
単にそれがあなたの人生に存在しているというだけの理由で―
―あなたの責任なのだと。
文字どおりの意味で、全世界があなたの創造なのだと。


ヒャー。これはなかなか納得できるものではない。
自分の言動が自分の責任だということと、
私の人生におけるあらゆる人の言動の責任が私にあるというのは
全く別の話ではないか。
それにもかかわらず、実際のところは、
もしあなたが自分の人生の全責任を負うならば、
あなたが見たり、聞いたり、触れたり、その他どんな方法であれ、
あなたが経験する全てがあなたの責任なのだ。
それはあなたの人生の中にあるのだから。


これはつまり、テロリストの活動、大統領、経済 ―
・・・あなたが経験していて好きではないこと・・・を癒すのは、
あなた次第だということである。
言ってみれば、それらは存在してはいないのだ。
あなたの内面からの投影である以外には。
問題は彼らに関するものではなく、
あなたに関するものであり、
それを変えるには、
あなたはあなたを変えなくてはいけないのだ。

このことは把握するのも難しく、
ましてやそれを受け入れて実際に生きることはもっと難しいとわかっている。
非難のほうが、完全な責任よりもはるかに簡単である。
しかし、レン博士と話すにつれて私は気づき始めた。
彼にとっての癒し、そしてホオポノポノにおける癒しとは、
あなた自身を愛することなのだと。
あなたが自分の人生を改善したければ、
あなたは自分の人生を癒さなければならない。
もしあなたが誰かを癒したければ
―たとえそれが精神障害を持った犯罪者であっても―
あなたはそれを、自分自身を癒すことによって行うのだ。


どのようにして自分自身を癒すことに取り組んでいたのかと私はレン博士にたずねた。
患者のカルテを見ていたときに、彼は具体的には何をしていたのだろう?


「私はただ『ごめんなさい(I'm sorry)』と
『大切だよ(I love you)』を
何度も何度も言い続けていただけです」と彼は話した。

That's it?  それだけ?

That's it.  それだけ。


あなた自身を愛することが、
あなた自身を好転させる最も素晴らしい方法であり、
あなた自身を好転させるにつれて、
あなたはあなたの世界を好転させるということが判明した。

これがどのように機能するかの簡単な例をあげてみよう。
ある日、誰かが私を不愉快にさせるメールを送ってきた。
過去そういう時には、私は自分に感情的な反応を引き起こすものについてワークしたり、
あるいは意地悪なメッセージを送ってきた人に理を説こうとすることで処理したものだった。

今回私はレン博士のメソッドを試すことにした。
私は「ごめんなさい」と「大切だよ」を声に出さずに言い続けた。
特定の誰かに向かって言ったわけではなかった。
私はただ愛の精神を呼び起こし、
この外側の状況を創り出した自分の中を癒そうとしただけだった。


一時間もしないうちに同じ人からメールが来た。
彼はさっきのメッセージについて謝罪していた。
私は謝ってもらうために外側に何も働きかけをしていないことを覚えておいてほしい。
私は返事すら書いていなかったのだ。
にもかかわらず、
「大切だよ」と言うことで、
私はどういうわけか彼を創り出していた自分の内側を癒すことができた。


その後、私はレン博士が開いたホ・オポノポノのワークショップに参加した。
彼は今では70歳で、優しい祖父のようなシャーマンと見なされていて、
少々引きこもりがちである。
彼は私の著書『The Attractor Factor』をほめてくれた。
私が自分を向上させるにつれて、私の本の波動が上がり、
人々が本を読むときに皆それを感じるだろうと彼は語った。


要するに、私が向上すると、
私の読者も向上するということだ。


すでに売られて外に出ている本についてはどうなんですか?と私はたずねた。


「それらの本は外にあるのではないよ。」
彼が持つ神秘の知恵に私はとても驚いた。
「未だにあなたの中にあるんだ」

つまり、外なんてないということだ。


この高度な技術を、
それが値する深さとともに説明しようとしたら、本が一冊書けるだろう。
あえて言うなら、
あなたがあなたの人生の中のどんなものでも改善したいのなら、
見るべき場所はただひとつ、
あなたの中である、ということだ。

"When you look, do it with love."

「あなたが見る時は、愛をもって見るように」


参考:
http://www.mypress.jp/v1/i/story.php?writer_id=jj00&story_id=90608

posted by 千晴 at 14:01 | Comment(17) | TrackBack(0) | 響いた言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 Rayeさんのとこでも書いたのだけど、二人から胸に弾丸二発打ち込まれた感じです。もちろんいい意味で。
 ありがたやありがたや。
Posted by RIKI at 2006年10月25日 18:15
たくさんの学びをさせていただきました、心より感謝いたします。ありがとう。
Posted by moonbow at 2006年10月25日 19:29
前のHUGの記事に励まされ友達に「大好きだよ」とメールしたら「私もあなたが大好きだよ」とお返事をもらいました。36歳にしてこんなやり取りをして、わくわくしているということが、ちょっと驚きでもあるけど、HAPPYです。←急にHUGは私にはとても。メールでも精一杯でしたよ(^^)

そんな幸せ気分で心が開かれていたので「自分の外とは」のお話が心に入ってきました。外などない、とは凄いです。

千晴さん、ありがとうございます!

Posted by old-island at 2006年10月25日 22:15
●RIKIさん
弾丸二発!それは大変だったね!笑
私もとても大きな気付きとパワーをいただきました。
ほんとう、ありがたやありがたや♪

●moonbowさん
こちらこそ、この場で分かち合ってくださって感謝です☆
紹介させていただいてよかったなあと思えて嬉しいです。
いつもどうもありがとうございます!

●old-islandさん
「大好きだよ」メール、思わずきゅんとしてしまいました☆(^'^)
素敵ですね、素敵ですね〜〜!!
私も36歳になったときに、そんなやわらかさを獲得していたいなあと思います。

外などない、ほんとうに凄いですよね!
Posted by 千晴 at 2006年10月25日 22:50
こんばんは。

なんでこんなに不運が続くのかなと悩んでいたのですが、自分の心を治していくことから始めないとな、と思ってたときに、千晴さんの書き込みを読ませていただいて、胸がすくような思いをしました。
ありがとうございました。
Posted by ぽち at 2006年10月26日 01:54
はじめておじゃまします。
御縁があったのか、このお話のこと・・・
なんどもなんども考えています。
そして、私も実践を始めました。
未だ結果はわかりませんけど(笑)
誰かに向かって怒鳴りたい時に、
世間に憤りを感じる時に、これを思い出してみよう。
ありがとうございました。また遊びにきます。
Posted by ねいろ at 2006年10月26日 21:20
すてきなメッセージありがとうございました。とても素直な気持ちで千晴さんの日記に書かれているメッセージを受け止める事ができました。いろいろあるけど、こんな風に思ってみようかな、と思いました。ホントにアリガトウー!
Posted by みどりのゆび at 2006年10月26日 23:24
●ぽちさん
お久しぶりです!
不運が続くとは・・今、大変なときを過ごしていらっしゃるのですね。でも、

> 自分の心を治していくことから

とても大きな気付きもされていたのですね。
一見大変なことのようにも思えますが、治すということが矯正という意味ではなく、
癒しということであるなら、自分で自分をいたわり、癒すということであるなら、
自分にもきっと出来そうな気がするのです。(^_-)-☆

こうしてコメントをくださって嬉しく思います。
私にも手伝えることなどありましたら何でも言ってくださいね♪

●ねいろさん
はじめまして!コメントありがとうございます。
しかもリンクしてくださったブログを覗いたら・・早速シェアしてくださって♪

私もこのあり方を実践してみています。
自分と自分の目の前に起こっている出来事や人間関係を、このことを思いながら改めて
ひとつひとつ見てゆくと、これまで自覚していた以上にネガティブな感情やわだかまりを
抱えていたことに気付かされます。

> 誰かに向かって怒鳴りたい時に、
> 世間に憤りを感じる時に、これを思い出してみよう。

そうですね、まずはこれからだわ!
お互いまた「その後」を報告しあえたらいいですね♪


Posted by 千晴 at 2006年10月26日 23:37
●みどりのゆびさん
「とても素直な気持ちで・・・」というのがとても嬉しく思いました。
私自身がたくさん力をもらえたメッセージだったので紹介させていただいたのですが、
みどりのゆびさんにとっても力になれたら本当に嬉しいな!
たくさんたくさん、ご自分を癒してあげてくださいね♪
Posted by 千晴 at 2006年10月26日 23:45
 いつも、考えるきっかけを与えてくれてありがとう。この文を読んだ3日後に、友人の家族が精神の病気で本人にSOSが届いたという出来事がありました。
 そして、このことを伝えたいという衝動が力強くはたらき、さっそく伝えることができました。
 自分自身を癒すことが、周りのひとを癒すことになること。それは、あなたは世界の一部であって、世界はあなたの一部だよっていっているような気がします。すべてはつながっていて、世界を愛し、自分を愛することの大切さを改めて感じることができました。それは、何をするにしても、大切な姿勢ですよね。目の前にどんなことが起ころうとも、そういう姿でいることは、多くの人を癒すことになるんですね。
 おかげで、世界がまた少し広がりました。ありがとう。
Posted by 天井しずる at 2006年11月07日 20:17
しずるさん、コメントありがとう。

> それは、あなたは世界の一部であって、世界はあなたの一部だよっていっているような気がします。

うん、そうそう!私もこのことをちょうど最近いろいろなところで学んでいたところでした。

例えばこの地球を一つの体だと考えたら・・
もしくは自分が知っている世界のすべてが自分の体だと思ったら・・

目の前、隣にいる人の痛み、苦しみ、悲しみは、自分の体の傷みたいなものですよね。
そうしたら、その傷と痛みに対してこころから「ごめんなさい、愛しています」って言うことができる・・

そんなことに気付かせてもらえたんだ。

しずるさんも、時を同じくしてこんなことを感じていたということが、とても嬉しく思いました。
繋がってるね。
シェアしてくれて、どうもありがとう!
Posted by 千晴 at 2006年11月08日 22:15
う〜ん。
今回もまた難しい・・・。

読んで・・・
う〜ん。
また読み返して・・・・
う〜ん。

どこまで「理解」できたのか・・・。

おそらくほんの1割程度の理解だろうなあ・・。
というか、自分なりの解釈。だな。


うん。
私なりに「感じた」こと。

前々から思ってはいても、実践できていないことを、改めて感じた。
「自分自身を愛することからはじめよう」
ってことかな。

「自分本位」ではだめだけど、
生きていくということはやはり「自分ありき」。
一人では生きていけないけれど、誰かとかかわり、誰かを愛し、生きていく中で、
「誰かを守りたい」「シアワセにしたい」
などなど、自分以外の誰かのシアワセを願うとき、それにはまず、自分がシアワセでなければならないのでしょう。

自分自身を愛し、大事に、生きる。シアワセだと感じる。
それが、大事な誰かのシアワセにつながる・・・のかな?

なんて。
感じた。
Posted by ささし at 2006年11月09日 21:56
読み返してくれて、そして自らのこころに誠実に問いかけてくれて、
どうもありがとう。

「自分自身を愛すること」。
私たちはいつから、どうして、置き去りにするようになってしまったのかしらね。

私の場合、当然として健全に100%自分を愛していた幼少時代を過ぎて、
ささしの言う「自分本位」という考えに出会ってから、
逆にその考えに縛られていくうちに置き去りにしてしまったような気がします。

> 自分自身を愛し、大事に、生きる。シアワセだと感じる。
> それが、大事な誰かのシアワセにつながる・・・のかな?

今はほんとうにそう思う。ようやく思えるようになってきたよ。

もしかしたら自分のシアワセを無視して、誰かをシアワセにしようとすることこそ、
「偽善」ていうのかもね。

自分の立っている、今、ここから、
シアワセをどんどん創りだしていきたいね。
Posted by 千晴 at 2006年11月10日 13:28
私の心にも、とても響いたメッセージでした。目に見えるかたちでは、なにも働き掛けていないのに、周りの人たちを変えることができる・・・それは、私とすべての人は、本来繋がっていて、一人一人の奥底には生き生きとした美しいもの、善きものがある、そのことに気付き、愛することで、それが、現れてくるということ。「美しの里」葉しょうめい作{自由国民社)、の絵本にもそんなメッセージが込められています。
Posted by kanko at 2006年11月11日 08:37
kankoさん、コメントありがとうございます☆

> 私とすべての人は、本来繋がっていて、
> 一人一人の奥底には生き生きとした美しいもの、善きものがある

そうですね、美しいもの、善きものがきっとあるのだろうな。
もっともっと気付いてゆきたいです!


葉しょうめいさんの絵本は、その優しい色合いが娘も大好きみたいです。
最近は「コレ!コレ!」と絵本を持ってきて、催促するようになりました。^^*
Posted by 千晴 at 2006年11月11日 09:45
ちはるさんこんばんは。
一度、東京でお会いしました。言語造形集中クラスの狂言発表会の後、町田まで一緒に帰った・・・と言えば、誰だかわかりますか?

自分の内のことが、外に現れている、それは、なんで、というのはわからないけど、本当のことだと思います。でも、その考えが、自分を責める方向に行きがちで苦しくなることもよくあります。

人を許せないときに自分を許してみる。
内なる私を傷つけた人やものの変わりに、自分が私に謝って癒してあげるっていうようなことでしょうか。それが外の傷にも作用がある。。。?ありそうですね。
人に怒りを感じるとき、怒りの前に、そのことで傷ついている自分がいることに、意外と気づかないで考えをスタートしちゃうものですから、それって、具体的で、とっても有効な行動だな、と思いました。
日常的に人と関わる仕事をしていると、結構簡単に傷ついちゃったりもするし、でもいちいち傷ついてたらきりがなかったりもするし。ちょっとそれ、試してみようかな。

また、お会いしましょう。
Posted by 仁 at 2006年12月05日 21:45
仁さん、お久しぶりです!
コメントありがとうございます☆

町田までご一緒に・・はい、すぐに思い出しました!
あ゛〜〜、あのときは夏木の子守をどうもありがとうございました。m(_ _)m
(今ではチャカチャカ歩くようになって、ことばも少しずつ話すようになってきましたよ♪)


> 人を許せないときに自分を許してみる。

> 人に怒りを感じるとき、怒りの前に、そのことで傷ついている自分がいることに、
> 意外と気づかないで考えをスタートしちゃうものですから、

この部分が、こころにズキーンと届きました。
こうして自分でブログに紹介してからも、日々の実践のなかでは、このメッセージの意味がときに曖昧になったり不明確になったりすることがあるのですが、このことばでまた改めて深く受け止められたような気がします。ありがとうございます!

またお目にかかれるときを楽しみにしています。(^o^)丿
Posted by 千晴 at 2006年12月05日 22:33
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