2006年08月15日

親ばかとは?

 学生のときに出会った若い男性の先生や、
 北海道のラーメン屋でアルバイトしていたときの店長など、
 当時独身だった私から見ると、まさに「親ばか」そのものだな〜と
 感じていた人たちが何人かいます。

 彼らは、愛する我が子の写真を携帯の待ち受け画面にするのはもちろん、
 職場にもペタペタと写真を貼り付けて、それを私の前でうっとりと見つめながら、

 「うちの娘は、マジで、世界一かわいいよ。」
 「外で同じくらいの月齢の子を見ても、これは決してひいき目じゃないん
  だけど、断然うちの子がかわいいんだよね。」

 こんなことを、本当に、本気で言うのです。

 当時の私は、微笑ましく相づちをを打ちながらも、やっぱりその眼差しが
 不思議でたまりませんでした。

 ところが、いざ自分のもとにもベビーがやってきて、また、側で夫が同じ
 ようなことを言っているのを見て、自分たちももれなくその「親ばか」に
 変身していたのだということに、先日ハタと気がつきました。(遅い!^^;)


 例えば“写真”。
 生まれてからの子どもの写真は、親の目にはどれもほんとうに可愛く美しく、
 愛らしく見えます!
 でも、時が経ってその頃の写真を改めて見てみると・・・
 「え゛・・あれ?あの頃感じていたほど可愛く見えないぞ!?」と・・。

 写真を撮った当時の自分と、今の自分との見え方の違いに驚くのです。
 その違いはきっと、かつて店長に写真を見せてもらったときの感覚と同じ。
 そして途端に昨年送った子どもの写真付の年賀状が恥ずかしく思えてきたりして。。

 ところが最近撮った写真は、またやっぱりどれも輝いて可愛く見えるのです。
 でもそれもまた数ヶ月したら「あれ?」と感じてしまうのかしら。
 きっと、「親ばか」ちゃんは、これを繰り返すのでしょうね。(^^ゞ


 それにしてもこの現象は、一体どういうことなのでしょうか。


 おそらく、子どもには、写真には写らない(目には見えない)特別なパワー
 というか輝きというか、魅力ある「何か」があるのではないかと思います。
 子どもは、ただ存在しているだけで、たっぷりとその「何か」をふりまいて
 いるから、周囲でそれを受け取った大人たちはメロメロになってしまう。。

 撮ったばかりの写真があれほど可愛く見えてしまうのも、
 きっとその「何か」を、まだ見て“思い出せるから”なのではないかしら。


 うーん、ではその「何か」とは、何なのだろう?

 そんな素敵なもの、できれば大人の私もふりまきたいぞっ!

 そこで・・・
 大人の場合の例はないものか・・と考えていたら、ふと、
 「アバタモエクボ」って諺が浮かんできました。
 おおっ!?これって「親ばか」現象と近いでしょうか!?
 ならばもしかしたら大人でも、それを持つこと、ふりまくことが、できるのかしら・・!?

 この「何か」の秘密を、もしもご存知の方がいたら是非教えてくださ〜い!



posted by 千晴 at 10:23 | Comment(6) | TrackBack(0) | *アトガキコラム* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
千晴さんこんにちわ。
暑いけど元気?
エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」(東京創元社)のP286からの引用です。

小さな子どもたちは自発性のもう一つの例である。かれらは本当に自分のものを感じ、考える能力をもっている。この自発性はかれらが話したり考えたりすることのうちに、またかれらの顔に表現される感情のうちにみられる。もし大部分のひとを引きつける子どもの魅力がなんであるか問うならば、センチメンタルな月並みな理由は別として、私はまさにこの自発性にちがいないと思う。この自発性は、それを感知する力を失うほどには死んでいないひとびとに、深く訴えていく。じっさい、子どもにせよ芸術家にせよ、あるいはこのような年齢や職業で分類することのできないひとびとにせよ、かれらの自発性ほど、魅惑的説得的なものはない。
 われわれの大部分は、少くともある瞬間には、われわれ自身の自発性をみとめることができる。それは同時に純粋な幸福の瞬間である。一つの風景を、純粋に自発的に知覚するとき、ものを考えているうちにある真理がひらめいてくるとき、型にはまらないある感覚的な快楽を感じるとき、また他人にたいして愛情が湧きでるとき、−このような瞬間に、われわれはみな、自発的な活動とはどのようなものであるかを知るであろう。そしてもしこれらの経験が、それほどまれでも粗野でもなくおこるとすれば、人間の生活がどんなものになるか、想像してみることができるであろう。
Posted by とことこ at 2006年08月15日 19:42
おお、こんな箇所があるのですね。どうもありがとうございます!
「自発性」というのは、私たちが日頃使っている「意志」ということばと同じ意味になるかしら。
うん、まさに彼女は「意志」のみで生きています。
過去や未来に縛られず、ただただ「今」を「意志」のみ100%で生きる姿に、周囲は癒され、喜びをもらうのかしら。。


・一つの風景を、純粋に自発的に知覚するとき
・ものを考えているうちにある真理がひらめいてくるとき
・型にはまらないある感覚的な快楽を感じると
・また他人にたいして愛情が湧きでるとき

いただいたこの例えをもって、自らにも振り返ってみました。
うーん。。まだほんのりじんわり・・・なんとか四つ目だけがリアリティがあるって感じかな。^^;

とても大きなヒントをいただけました。
長い文章をこうして紹介してくださって、ほんとうにありがとうございます!

Posted by 千晴 at 2006年08月16日 14:39
はじめまして、みっちょろんと申します。
以前、千晴さんの“自然育児友の会”の記事でのシュタイナーの特集の〔共に育つ〕の記事にいたく感動しまして、以来、ブログを拝見しています。
私は今月1歳になる娘をもつ、専業主婦です。
以前は37歳まで仕事ばかりでアロマセラピーの仕事をしておりましたが結婚と同時に妊娠で、
現在は子育て奮闘しています。
毎日あらたな発見や驚きで、こんなに自分が子供がかわいいと思える人間だとは思ってなかった・・というのが一番の驚きです(笑)。これも親ばかのなせる技なのでしょうね。でも自分の子供がカワイイと、世の中の子供みんな愛しいっていう気持ちになれることも、またまた驚きです。

それにしても、この以前の写真を見た時の今と前の感覚の違い・・数人の親が同じようなことを言っていました(もちろん私も思うことだったので)驚いて&共感しまくり!(笑)でコメントしました。
シュタイナーは今、まさに本などを読んでるだけなのですが、とても刺激を受けつつあります。
千晴さんの素敵な文章をこれからも読ませていただいて、もっともっと自分と娘の生活の中であらためて感じれることを実感に変えていけたらなぁ・・と思っています。宜しくお願いします。
Posted by みっちょろん at 2006年08月24日 15:54
みっちょろんさん、はじめまして、コメントありがとうございます♪
「友の会」の会報に共鳴してくださったなんて嬉しいな☆(^◇^)

まあ!やっぱり皆さん、写真の見え方が変わっているのですね〜
目に見えない輝きパワー、ほんとうにすごいですよね。

娘さんは、我が家と同級生になるのですね。
今月ということはあとちょっとでお誕生日!おめでとうございます!
一歳のお誕生日って、母親にとっても感慨深いものですよね〜

これからもどうぞよろしくお願いいたします♪_(._.)_
Posted by 千晴 at 2006年08月25日 10:25
私も全く同じ事をよく考えます。
子どもがいないので私の場合、甥っ子に対してですが…
妹(甥っ子の親)も同じ事を言っていました。
みっちょろんさんも言ってますし、みんなそうなんですね(笑)

で、この日記がアップされてから、ず〜っと考えてみました。
でも10日経ちましたが、まったく理由が思いつきません。
ホント何ででしょうね。すごく気になるので引き続き考え続けてみます!(笑)
Posted by 森井 at 2006年08月25日 12:54
森井さん、ず〜っと考えていてくださったなんて、なんだか嬉しい!ありがとうございます。

ほんと、今日も昔の写真を思い出しては吹き出していたのですが(これも親ばかか。汗)、
このミラクルを見せてくれている間に、是非とも「何か」を発見したいです。^^
ほんのちょっとでも掴んだら、森井さんに即ご報告しますね〜(@^^)/~~~
Posted by 千晴 at 2006年08月25日 17:30
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