2009年03月08日

へんな旅芸人。

今月の21日と28日に、大阪と奈良で「語りの会」をやります。
私が言語造形を本格的に始めてから、三度目の公演です。

★「グリムメルヘンに耳を傾けてみませんか」

今回はピアノの調べとともにグリム童話を。
私が語るのは「へんな旅芸人」というおはなしです。

このおはなしを知っている人って、います?笑
有名なグリムのなかでも、これを知っている人はきっと少ないのではないでしょうか。

というのも一般的にはこの作品は編集不十分な未完成作品といわれているそうなのです。
ところがどっこい、
アントロポゾフィー的な観点からみると、実はとても深い叡智に満ちた物語なんですよ。

シュタイナーによるアントロポゾフィー(人智学)では、
メルヘンは一人の人間の内的な成長を描いたものである”という観点があります。

では、その観点からこの物語を捉えてみると、どのようなものが見えてくるでしょうか。

<ストーリー>
 ある旅芸人が、森の中を一人で歩いてゆきます。
 そこにやってくるのは「オオカミ」と「キツネ」と「ウサギ」。
 芸人は、彼らに対して、はじめのうちはしなやかな対応ができず、
 無理やりにねじ伏せ、押さえつけてしまいます。でも結局はその無理がたたって、
 動物たちはまた、仕返しをするべく追いかけてきてしまう・・・

 ところが最後にようやく、芸人は、自分が真に求めていた「人間・木こり」に出会います。
 さらに木こりは、後から追いかけてきた動物たちからも、芸人を守ってくれるのです。
 そうして芸人は、感謝と喜びをもって、また我が道を歩んでゆくのでした。


この芸人を自分自身と捉えて、その他の登場人動物をこころに描いてみると・・・

自分のなかの「オオカミ」とは・・・< 貪欲な意志 >・・・
自分のなかの「キツネ」とは・・・< 狡猾な思考 >・・・
自分のなかの「ウサギ」とは・・・< 気まぐれな感情 >・・・
という存在として、わたしの中にリアルに浮かび上がってきます。

そして最後に出会う「人間・木こり」とは・・・< 大いなる自分 >・・・でしょうか。
すなわち「意識の目覚め」(悟り)に至る、ということではないか、と
いまの私には予感されるのです。
それら動物たちのような存在をも照らす、光としての“目覚め”・・・


この物語は、一見すると悪気のない動物たちに対する人間のひどい仕打ち・・という
理不尽なお話のように見えます。
しかし、このように内的な観点から捉えてみると、まさしく自分自身の生き方に合わさることに気がつくのです。

 内面に湧き上がったり、降りかかってくる、さまざまな「思い」を、
 自らの力でいかに凌いでゆくのか。

ここ最近の自分のブログテーマともピッタリです。笑

ほんとうは、とくに明確な答えがあるわけではありません。
それでもこんなふうに、自分にとっての内的なリアリティを深めながら、
日々の稽古に取組んでいます。

昨日、くすのき園の「学びの会」で、シュタイナーのこんなことばを聞くことができました。

メルヘンとは、天使のような存在である。
 なぜなら物語の叡智が、いつもその人の傍にいて、見守り、
 ときに導いてくれるから。


子どもたちはメルヘンが大好きです。
彼らは意味よりもまず、ことばの「音韻」そのものの中に生きています。
でも、決して子どもだけのものではないのですね。

尽きることのないその叡智に、語りによってどれだけアクセスすることができるか。
そんなことを改めて意識しながら、残りの稽古に励みたいと思いました。



3/21(大阪)、3/28(奈良)、いずれも土曜日です。
大人として現代を生きる私たちのこころに、リアルに響くメルヘンに、
是非、耳を傾けに来てくださいね♪

posted by 千晴 at 11:03 | Comment(6) | TrackBack(0) | 気づきの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
へんな旅芸人という話は、初めて聞いたよ!
でも、自分に置き換えると確かにはまってるね。納得。
メルヘンって、子どものときは日常的にメルヘンの中で生きていたような…
でも、大人になってからはあまり想像しなくなっちゃったなぁ。
ゆっくりメルヘンに浸れる時って、すごく至福の時だよね。なんだか希望に向かってるって気もする。

な〜んて、まとまらない内容になりましたが…
公演頑張ってね!!


Posted by 新じゃが at 2009年03月09日 00:03
●新じゃがちゃん
コメントありがとう!離れていてもこうして対話ができるのが、なんだかとっても嬉しいです♪

> メルヘンって、子どものときは日常的にメルヘンの中で生きていたような…

そうそう!まさにそうだよね。
彼らはメルヘンとファンタジーのなかで生きている・・どうやらそれも三歳を過ぎたあたりから五〜六歳までがピークのようで、最近、一人遊びに夢中になっている夏木のことばにこっそり耳を傾けているとほんとうに面白いよ。

そのまた一方で、私自身も、稽古でメルヘンを語るたびに、気づくとエネルギーをもらって元気になっていたりするんだよね。まさに、「精神のごはん」!

自分が子どもの頃はメルヘンを聞いたり語ったりする機会があまりなかったけれど、これからたくさん触れていきたいな〜と思います♪
Posted by 千晴 at 2009年03月09日 10:41
グリム童話ってとっても有名だけど、
このお話は、初めて聞いたよ。

子供はメルヘンとファンタジーのなかで生きている・・・かあ・・・。

オトナになると、忘れてしまうね〜。
思い出そうとしても、その世界は思い出せないね〜。残念・・・。

お腹のわが子も、そんな世界を生きているんだろうなあ〜。共有したいけど、難しいし、してはいけないのかも・・・。コドモにはコドモだけの、大事ななにかがきっとあるんだろうから。

そういえば、「メルヘン」とは違うかもだけど、うちのダンナさんが、コドモのころ、本気で「ヒーローもの」の、ヒーローになれると、信じていたそうだよ。
「大人になったらなれるんだ!」って思っていたんだって。
いつの間にか、「なれない」と気づいたらしんだけど、そのきっかけは覚えていないみたい。

オトナには理解できないコドモの本気のこういう思い・・・。大事にしたいね・・・。

Posted by ささし at 2009年03月11日 09:20
●ささしちゃん
コメントありがとう〜 いつもながら嬉しいっ☆

そうか、ダンナさんは「ヒーローもの」の虜だったのね♪(私も水戸黄門は見てたけど(^^ゞ)
「本気で」っていう感覚、素晴らしいよね。
形を変えても、そのこころは今でも旦那さんのどこかに生き続けているかもしれないよ。

将来といえば、うちの生徒さんが最近幼児たちに「将来何になりたい?」と聞いてみる遊びをしていて、彼女の2歳の娘さんは「パズル」、3歳のお友だちは「きゅうり」だったんだって。
それを聞いて早速ナッツにも聞いてみたら・・「えーっと、えーっと」とじっくり考えた結果・・・
「うさぎ」。笑 ちなみに、6歳のお友だちは「スチュワーデス」や「絵の具屋さん」でした。・・明らかに境界線があるよね〜^^;
子どもたちのファンタジー、大切にしてあげたいです。


Posted by 千晴 at 2009年03月11日 13:16
個人的には、スチュワーデスや絵具屋さんより、うさぎや、パズル・きゅうりの方が、
「いいな〜」って思っちゃう。

「境界線」はいつ芽生えてくるのかしらね〜。オトナとしては、ちょっとさみしいような・・・。はたまた、安心?!するのか・・・。

オトナを、ちょっと困らせ、不安にさせるくらいの、別世界・ファンタジーな感じ。自分のコドモに対しても、大事に見守れるハハになりたい・・・。
Posted by ささし at 2009年03月12日 17:29
●ささしちゃん

だよね、「きゅうり」なんて大人には思いつくことすら不可能だもの・・^^*

>「境界線」はいつ芽生えてくるのかしらね〜。
>オトナとしては、ちょっとさみしいような・・・。はたまた、安心?!するのか・・・。

うん、やっぱりその辺はさみしいよね。
長女を見てても、まるで天使のようだった2歳頃までから、だんだんエゴが芽生えて人間化してくるプロセスはちょっと切ないよ。

あとたとえば美しくないことばとか、意地悪されることとか、親としてはできれば体験させたくないと思っちゃうんだけど、でも、そんな無菌状態で育てるのもまた違う・・
どんな経験もすべて、その子が引き寄せている必然だと思って見守れるようにいたいな〜

あれ、なんか話がズレちゃったかな?(^^ゞ
コメントどうもありがとう♪
Posted by 千晴 at 2009年03月13日 12:59
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