2008年12月16日

「ほう、そうか?」

今日は、前回紹介した白隠禅師について、私が感動したお話を、
自分自身の為に、記しておこうと思います。


「ほう、そうか?」

日本のある町に白隠という禅の老師が住んでいた。彼は人々の尊敬を集めており、大勢の人が彼の教えを聞きに集まってきていた。
あるとき、寺の隣の十代の娘が妊娠した。怒り狂った両親に、子どもの父親は誰だと問い詰められた娘は、とうとう白隠禅師だと答えた。 両親は激怒して白隠のもとに怒鳴り込み、
「娘は白状したぞ、お前が父親だそうだな」、となじった。
白隠は、「ほう、そうか?」と答えただけだった。

噂は町中どころか近隣の地域にまで広がった。
禅師の評判は地に落ちた。だが禅師は意に介さなかった。
誰も説法を聞きに来なくなった。だが禅師は落ち着き払っていた。

赤ん坊が生まれると、娘の両親は禅師のもとへ連れてきた。
「お前が父親なんだから、お前が面倒を見るがいい」。
禅師は赤ん坊を慈しみ、世話をした。

一年経ち、慙愧に耐えられなくなった娘が両親に、実は赤ん坊の父親は近所で働く若者だと白状した。両親はあわてて白隠禅師のもとへ駆けつけ、申し訳なかったと詫びた。
「ほんとうにすまないことをしました。赤ん坊を引き取らせてもらいます。娘が、父親はあなたではないと白状しましたんで」。
「ほう、そうか?」。
禅師はそう言って、赤ん坊を返した。


禅師は偽りにも真実にも、悪い知らせにも良い知らせにも、「ほう、そうか?」とまったく同じ対応をした。彼は、良くても悪くてもいまという瞬間の形をそのまま認めて、人間ドラマには加わらなかった。彼にとってはあるがままのこの瞬間だけがある。
起こる出来事を個人的なものとして捉えない。 彼は誰の被害者でもない。
彼はいまこの瞬間に起こっている出来事と完璧に一体化し、それゆえに起こった出来事は彼に何の力も振るうことができない。起こった出来事に抵抗しようとするから、その出来事に翻弄されるし、幸福か不幸かをよそから決められることになる。

赤ん坊は慈しまれ、世話をされた。
抵抗しないという力のおかげで、悪い出来事が良い結果になった。
つねにいまという瞬間に求められたことをする禅師は、時が来たら赤ん坊を手放したのだ。

                      エックハルト・トール 『ニュー・アース』より


・・・

私自身について。


思っていた以上に、こころが痛んでいたようです。

この一ヶ月、いろいろと前向きな捉え方を試みたりもしたけれど、
なにかまだ無理をしてしまっているようで、
ふとしたきっかけで、その痛みが強く、蘇る。

ヒナン、ハイセキ、ムシ、ソガイ、コドク・・・

ネガティブな感情に押しつぶされそうになって、
身体中が痛み、泣きはじめる。

「どうしたら傷つかずに、人の間で生きられるのだろう」

   ・
   ・
   ・
 
  起こる出来事に、抵抗しない、
  起こる出来事を、個人的なものとして捉えない、


そのしなやかさと平安を、私もきっと今、ものにしよう。


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posted by 千晴 at 21:00 | Comment(9) | TrackBack(0) | 響いた言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです。

私もニューアースと白隠禅師の本を読み進めている最中です。シンクロにびっくりしました。

以前エックハルト・トールさんの本をご紹介いただいたときに、良く分かってないまま「悟り」という言葉に飛びついた自分が恥ずかしく思います。

こういう思い込みを外すと、もっとラクになるんでしょうね。

>非難、排斥、無視、疎外感、孤独
最近私もこの手の感情をよく味わう機会が多くて、そのたびに足踏みしている気がしていたのですが、今より更に前に進むためのウォーミングアップだということに気がつきました。

これぞ、天からの贈り物だったみたいです。

>起こる出来事に、抵抗しない、
 起こる出来事を、個人的なものとして捉えない

私もそうありたいな、と思いました。
Posted by 由美乃 at 2008年12月16日 23:07
由美乃さん、コメントありがとうございます!
なんと!ちょうど同じ本を読んでいたのですね。

「足踏みしている」という感覚、よく分かります。
「どうしよう!頭では分かっているはずなのに・・」と、ますます焦りと不安のネガティブループにハマってしまって。。

でも、「天からの贈り物」ということばが、
自分の深い部分と強く共鳴するのを感じました。

またちょうど同じ頃、ある信頼する方が、「これはあなたの魂の成長に役立つ“試練”。あなたの守護天使は、今のあなたの状態をとても好感を持ってエールを送っているので、気楽にがんばって」とのメッセージをくださったのです。まさに贈り物ということですね!

感情は、ほんとうに思いがけず、気まぐれのようにやってきますよね。
ネガティブな大波が来ちゃったときには、ウォーミングアップと思って、抵抗しないでじっとそれにまかせればいい・・ってことなのかな。。

Posted by 千晴 at 2008年12月17日 11:05
来るものぜーんぶ拒まず「ありがとう」って受け取れたら楽だろうね。
ちはるの中心はすでに、いつでも平安であると思うよ〜。
Posted by RIKI at 2008年12月17日 14:17
起こる出来事を動じずにそのまま受け入れることって、なかなか並みの人間じゃ難しいことだよね。
私なんてかなり日々感情に流されているもの。
でも、幸も不幸(出来事だけでなくそういった感情も)も誰しもあることだから、自分を成長させてくれる材料として受け入れられる自分でありたいなぁ…。
Posted by 新じゃが at 2008年12月18日 00:37
●RIKIさん
私の中心かあ、そうなのかあ。。。
ありがとう。RIKIさんのことば、なんだかこころが温まったよ。

●新じゃがちゃん
うん、誰しも必ずあるんだよね。ネガティブな感情になっていると、ますますネガティブな出来事を引き寄せてしまうんじゃないかと不安になったりしていたんだけど、ふと気づいたら
この禅師でさえ、こんな目にあっているんだものね。

どんな人にも、いろいろなものがやってくる。
それに抵抗しない自分を、育てていきたいな。

Posted by 千晴 at 2008年12月18日 14:01
素晴らしいですね。ありがとうございます。

このタイミングで、この記事と出会えたことを心から感謝したいです。

この記事も、先の記事と共に紹介させてくださいね。

Posted by さくらみるく at 2011年05月08日 11:39
●さくらみるくさん

ご紹介、了解です。ありがとうございます♪

「ほう、そうか」。
私も逸話を知って以来、この一言がすっかり気に入ってしまいました。
と言っても自分自身、まだまだ瞬間的にはそう言えないときも多いのですが、(^^ゞ
少し時間を置いてからでも、目の前に起こった出来事を、
己のこころの傾きとして捉えられるようになってきたことは
とても大きな変化だと感じています。
するといつの間にか、自分で自分を責めることも少なくなってゆくのですね。
Posted by 千晴 at 2011年05月09日 10:07
諏訪さま。

おはようございます。さくらみるくです。
「空の器」のブログコメントから
師匠のブログへの転載について書かせていただきましたが
「ほう、そうか」の記事についても掲載が決まりました。

ブログはこちら
絆の法則 〜澤谷鑛オフィシャルブログ〜
http://kizunanohousoku.blog34.fc2.com/

そして、掲載日は
「空の器」が6/12(日)、「ほう、そうか?」が6/13(月)になります。

ぜひ、コメントのコメントを付けにいらしてください。^^

ツイッターなどからメッセージを差し上げたかったのですが、上手く行きませんでした。

ブログコメントで失礼致しました。

これからも、よろしくお願い致します。
Posted by さくらみるく at 2011年06月08日 08:38
●さくらみるくさま

二つとも転載していただけるとのこと、感謝です。いろいろとありがとうございます。
ご紹介くださったブログも少しずつ読ませていただきますね♪

またツイッターでもメッセージをくださろうとしたのですね。
最近は、主婦生活にとても充実感を感じるようになってしまって、
mixiもツイッターも・・・いやそもそもネットとあまり繋がっていない私ですが、
またことばが降りてくるようになったらブログを紡いでゆきたいと思っています。

どうぞこれからも、よろしくお願いいたします♪
Posted by 千晴 at 2011年06月08日 14:33
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